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タイトル: アルベルト・シュヴァイツァーの倫理と教育の問題
著者: 笠井, 惠二
KASAI, Keiji
発行日: 2006-03
出版者: 京都産業大学教職課程講座センター
抄録: 本稿はアフリカの黒人たちに生涯を捧げたシュヴァイツァーの倫理思想を教育学の見地から考察することを試みるものである。 シュヴァイツァーは自伝において幼いころのことを回想しているが、小学生の頃、もっとも大きな感銘をうけたのは、ひとりの視学官が学校に視察にきたときのことだった。この視察官はみかけは風采のあがらない人物だったが、自分たちが使っている教科書を書いた人だったので、この出会いはシュヴァイツァーに生涯忘れえない感動を与えたのである。 次にシュヴァイツァーにとって忘れられない経験は、マウシェという隣り村のユダヤ人との出会いだった。彼がギュンスバッハの村をとおるとき、いつも悪童たちはからかってはやしたてながらついていったのであるが、そのときこのユダヤ人が怒りもせず、微笑をたたえながら通過していったその姿にシュヴァイツァーは感銘をうける。迫害のなかで耐えていることの意味を幼いシュヴァイツァーは彼から教えられたのである。 シュヴァイツァーは小さいときから父親にピアノを教えられたが、この父親の早期教育が後のパイプオルガンの名手シュヴァイツァーの誕生の土台となる。彼が 8歳になると父は新約聖書を与えたので、彼は熱心にそれを読んだ。そして聖書の物語に大きな興味をもったことが、のちの世界的な聖書学者シュヴァイツァーの基礎をつくったわけである。 毎年クリスマスと新年のあいだの時期になると、シュヴァイツァーはプレゼントのお礼状を書くことを父に命じられた。これは幼いシュヴァイツァーにとって大変な苦行だったが、そのおかげで彼は人々への感謝と、それを言い表すことの大切さを学んでいく。 シュヴァイツァーは幼いときからたいへんな夢想家であり、ギュムーナジウムでも授業中に先生の話を聞かずに自分の夢想の中に入り込んでしまうことが多く、成績はかなり悪かった。しかし、ヴェーマンという熱心な先生の出現で、彼はこの先生の期待に応えようと勉学に励むようになり、成績も飛躍的に向上した。やはり本当の教育というのは、口先ばかりで言うのではなく、教育者が身をもって誠実に手本を示さなければならないのであろう。 また彼は赤道アフリカで医療活動に従事しながら、原住民の教育はいかなるものであるべきかについても語っている。植民地の学校では、知的な教育と同時に、農業と手工業技術を取得することが奨励されなければならないのである。 シュヴァイツァーによれば、現代の精神は思想に対する軽蔑に満ちているので、彼自身は現代の精神と完全に矛盾してしまう。現代人は、現代の精神によって自分の思想に対する懐疑をしいられている。しかし文化人の理想とは、あらゆる状態のもとで真の人間性を示すような人間の理想を意味する。われわれにとって文化人であるということは、われわれが現代文化の状況にもかかわらず人間であることを失わないことを意味する。この彼の思想が、「生への畏敬」という一語に集約されていくわけである。
URI: http://hdl.handle.net/10965/954
ISSN: 1883-9509
出現コレクション:第01号

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